RoppongiExpress

Roppongi Express 2.0 - いつかは世界チャンピオンに

 全日本選手権

とりあえず無事に完走。上出来だと思い満足しています。

(c)nishikawamasaharu

            1. +


6時前くらいに目が覚めてしまう。やっぱり普段の生活考えると6:30までぐっすり、とはいかず。
コーヒー飲んだりストレッチして時間を潰す。
スタートが11時と遅いので(これは嬉しい)、朝食を早くに食べるとスタート前もう一食食べたくなるので。


心配していた雨はほとんど降っていないので、7時前に出発して自走で当時受付を済ます。
1998年(U-23で3位)、2000年(エリートで17位)の二度走ったコース。
ホテルからスタート地点に向かっていくと、少しずつ昔の記憶がよみがえる。


受付済ませてホテルに戻って7:30頃から朝食。
朝食はレース前にはありがたいバイキング。
昔は色々チョイスがあってここのバイキングは最高!って思ったのを覚えているが(10年前だけどそんな事ははっきり覚えている)、今回の朝食バイキングはかなり質素に感じた。
ボンビー学生から自分が少し贅沢になった為か?それともこのご時世だからコスト削減なのかな?
けどレース前の朝食だから、アレも食いたいこれも食いたいと思いながら我慢するより(もしくは食べちゃうより)、必要なモノだけ摂取できればいいわけで、実はこの方が良かったりする。


朝食内容:

  • 小さめ食パン3枚にジャムを塗って
  • 小さい丸いパン1
  • シリアル(105kcal)・ヨーグルト・オレンジジュース
  • おかゆ・温泉卵

以上。


部屋で準備をして7:30にチェックアウト。
中畑清監督(選挙に出る人じゃないよ)の車に荷物を積んで、自走で会場へ。


おお、飛行機で運搬中に左ブレーキブラケットが少し曲がっているじゃないかよ、JALさん。



暑い。
天気は曇りで、今にも降り出しそうという感じはあまりなし。


ウォーミングアップは入り口−レース会場の谷を2往復したくらい。
200kmのレースなので体力温存したいのと、けど1・2周目でペースアップがあっても最低限対応できる(千切れない)ようにする準備と、難しいところ。


蒸し暑い。
アップをしてスタートオイルはいつものHOT!系ではなくリラックス系のものにしてもらう。
自分じゃそんなに用意していないけど、今回サポートでチーム員の本職アロマセラピストが来てくれたので、ホント助かる。
かこさんありがとー!


そしてレース直前にホイール変更
前日までホイール(タイヤ含む)で結構迷っていたが、今日の天候を見て雨が降らない事を願いつつLightweight(Standard G3)+Continental Competition 22Cで行く事に。



スタート前。
今回対象レースに完走して出走権を勝ち取ったわけではなく、車連の裁量で出走させてもらう事になったので、控え目に最後方よりスタート。
ちなみに優勝候補の福島選手も最後尾より。
「後ろからスタートだと前出るまでに1-2周費やすからきついんだよねー。けど長いレースだからアップ代わりになるからいっか」
と余裕なコメント。この人にはぴりぴりした緊張感はない。


後方よりのスタートは脚使う以上に落車のリスクの方が大きいと思う。
今回イナーメの森本さんが1周目に落車。残念。
あれ、森本さんはスタートでは私よりはるかに前方に位置していたのだが、、、


15分遅れの11:15にスタート


スタート後後方にいたシマノとかのプロ選手を頼りにして少しずつ順位を上げていく。
プロ選手はライン取りはもちろんきれいだし、脚力の余裕は危険察知にもつながり、落車のリスクは小さい。


上りではペースが落ち着く。
雨上がりで気温があがり異様な高温多湿状態。
そのうえ上りで速度が落ちる中をオトコどもが密集してコギコギしていると、、、オトコ臭い。。



・・・展開的なところは CYCLOWIREDの記事 を見ていただけると全体像は分かります。
っていうか、レースの中にいると前の集団で何が起きているか、いつどの面子が逃げに入っていたか、細かい点は不明。というか少なくとも覚えてはいない。
なので以下記憶に残っている出来事を断片的に。



2周目の最後だったと思うが、新城選手がホームストレート入る前のS字抜けてから急加速。
10数秒前にいた集団との距離をS字コーナーで見計らっていたので絶対にアタックするな、って分かったしその時2番手にいたので必死でダッシュしてついていった。
とにかくユキヤー!って声援がすごくて、そこに必死でついていけば目立つかなぁ、というスケベ心半分、目立つからここで離されてしまってはかっこ悪いなぁというプレッシャー半分。




2周目まで、まだ集団の人数が多くて安定していない+私がコースに順応出来ていなかったので、ジェットコースターのような下りが怖かった。


大人数の先頭グループが何度もできたりした。逃げというよりは集団分裂という感じ。
今回やけに青系が多いなぁと思っていたら、BSアンカー・ブリッツェンなどが前で展開してシマノ・愛三が後ろでコントロールして後半勝負、という感じだった。


CWの記事によると4周目の上りで新城選手がアタックしたとあるが、確かにそこら辺で一瞬かなり強力にペースアップがあったかも。けど新城選手がアタックすると、私含め、皆必死で追走するので、集団を小さくはすれど決定打にはならない。


集団が50−60人くらいに絞られたらしいあたりでも、比較的前方で走っていてホームストレートとかで後ろを確認してみると一列棒状で果てしなく集団が長く見える。まだこんなにいるのかよ。。。
けどレースは長いし我慢していればそのうちに絞られてくるから焦る事はない、と自分に言い聞かせる。


中盤、シマノのアベタカと日大の越海の2名逃げが決まって集団が落ち着く。
これでしばらくレースは落ち着いた。
集団コントロールは愛三。
特に綾部選手の働きっぷりがすごく、ずーーーーーっと一定ペースで逃げと差が広がり過ぎず詰めすぎず、またペースが落ちて集団が活性化しないように、コントロール。
この時は非常に集団が落ち着いていた。


新城選手は上りを相当軽いギアで回すタイプ。なんとなくランスを彷彿とさせる、1人だけ全く違うテンポで回していたように感じた。
アタックはやはり強烈。当たり前か。。。


広島のコースの下りは集団で落ち着いている時は気持ちよく走れるけど、細かいアップダウンがある中でペースアップがあり、下りで抜け出そうとペースが上がると強烈に速い。
コーナーがきつくない分猛スピードで突っ込む事になる。
ほんと、『突っ込んでいく』っていう表現がピッタリ。
ホイール・Fフォーク・タイヤの性能に不安があったら絶対突っ込めない。
今回コンチネンタルのコンペティション22Cで臨んだが、安心感があって◎。


アベタカ・コシノミの2名逃げからコシノミ選手脱落。替わってシマノドリンキングの白石選手が追いつく。
そして追い越して単独。


全16周のうちの10周を過ぎていよいよ動きも出てくる。
残り13周目くらいでBSアンカー飯島選手、ニッポ佐野選手、シマノ平塚選手、愛三西谷選手の4人先行で、差が2分以上。
集団の人数もかなり絞られてきている。
ここからは一つのミスがレースが決まってしまうのでかなり緊張感がある。
この緊張感がたまらない。
体力的には限界に近い中でアドレナリン全開。
多分頭の中は完全にイっちゃっているんだろうな。
こんな感じは年に1−2回しか味わえないんじゃなかろうか。
沖縄で源河に向かって突き進む時に似ているか。それ以上か。
そんな中でレース展開にどう乗っていくかってのは、もはや本能かな。
アタックが決まる・決まらないの分かれ目は多分本能の差なんだろう。


ほっといたら決まってしまうタイム差なので、集団も活性化してアタックがかかっていく。
私は辛いとかキツイとかあまり感じていなかったのかな?
あの場面で走れている自分に満足しつつ、失うモノは何もないのでとにかく決まりそうなペースアップには必ずついていく。
不思議と上りで千切れそうな事はあまりない。


14周目、残り3周を切って、福島選手、中嶋選手、新城選手、宮澤選手が抜け出す。
これははっきり見えていて、決まってもおかしくない強力なメンバーだったけど、人数から考えて後ろの集団で走る事にする。あのメンバーに混じって35km走るのは無理だ。


幸いこの強力な逃げに対するメイン集団にはシマノが多数いて、落ち着いて対応。
多分チームの作戦として、4人は行かせても大丈夫と読んでいたと思う。
何せシマノはこの段階でまだ6人くらい?もっと?いた。
ホームストレート終わってからのジェットコースター区間をシマノが先頭固めて落ち着いて追走。
さすがプロだなー、という非常に走りやすいハイペースで集団を牽引。
これだけ人数いて脚も揃っているし、野寺選手・真理選手もいるので安心感がある。


福島選手が前から降ってきて、3人もすぐ目の前に。
ここで満を持して野寺選手アタック!!・・・したけど、どうもチームメートに止められて戻ってくる。
まだタイミングが早い、という会話がされていたように見えた。
やっぱり野寺選手はコンディションもばっちりで勝ちにきている。


三段坂に突入すると、すぐ前の3人に野寺選手、土井選手、狩野選手、増田選手が合流。
ここは勝負どころ、と思いつつポジションが悪くて出られず。
BSアンカーの雅道がいたが追う気配がなかったので、ここは自力で行くしかないと、少し開いてしまった差を一段目と二段目の坂にかけて必死で詰める。これで追いつかなかったら負けだと思った。
なんとか二段目で追いつく。これで4人逃げ、後続8人、集団、という構図。


飯島選手、佐野選手、西谷選手、平塚選手
宮澤選手、新城選手、中島選手、野寺選手、土井選手、狩野選手、増田選手、私
集団


逃げ4人では愛三の西谷選手が一番逃げ切りたいんだろう。
BSアンカー、ニッポ、シマノは後ろの集団に本命がいるから、逃げ切れなくてもそれはそれでいいんだろう。



ラスト2周に入るところ。


キツイキツイ。けどサイコーに楽しい。


残り2周では気付いたらもう少し追走集団が大きくて、真理選手とかBSアンカーの清水ミヤタカ選手とか愛三の盛選手とかも合流。
やっぱり、、、そんなに甘くないよな。


残り1周に入る前にペースが上がりばらけつつ先頭4名を吸収。
ここで私は先頭に入れず。たしか坂の頂上だったと思う。
強烈に覚えているのはBSアンカーのミヤタカ選手の猛烈なダッシュ。
もうここからはエース級のみのガチンコ勝負になるのは誰の目にも明らか。
そこにつけなかった私の横を、一番きつい坂を、ものすごい勢いでかっとんでいって先頭グループに入っていった。
こりゃ私にはムリだわ。


今回フルタイムワーカー選手(っていうか、『実質プロ』以外の選手)には負けたくないな、と思っていて、実際この段階でそれはほぼ達成できていたけど、プロ以外の選手では唯一、ニシゾノ選手が出ていたなら、この争いに入っていただろうな。


さすがに最終局面での勝負に残れず。
けど意外にも新城選手・土井選手も離れているのでまだ可能性あると思い下り〜スタート・ゴール地点までもがんばる。
残り一周のラインを越えて、多分前と数秒しか離れていなくて一踏みで追いつけた距離だったと思う。
が、そこから先頭集団でさらにアタック合戦みたいな感じでペースが上がった時に、その一踏みができなかった。


新城・土井両選手が完全にここでレースを止めてしまった時点で、私のレースも終了。
ブリッツェン・中村選手、盛選手、ニッポ・中島選手と計6名で残り1周を走る。
意気消沈な2人と一緒に走ったラスト1周はクールダウンのようだった。
(CYCLOWIREDの記事中で、遅れた追走グループを新城が懸命に引いている、というのは間違い)
勝ちは狙えないけど悪くない順位はつくから、後ろから追いつかれたらもったいないなーと思い、あまりペースが落ち過ぎないように上りを引いて走る。


三段坂で中村選手がアタック。
前は9人だからここで頭取れば10位。
頂上への上りで追いかけてみるが、もう力が入らず。
下りで後ろに追いつかれるのを待って、5人でゴールへ。
ゴール前愛三盛選手がスプリント。
私はスプリントするでもなく流してゴールするでもなく、中途半端に走ってゴール。



12位。



朝受付した時にもらったレース要綱が載った冊子を朝食食べながら眺めていた。
優勝はもちろんナショナルチャンピオンジャージ。
6位までは交通費支給。
12位までUCIポイント。
などなど。
12位か。。。取れるとも取りたいともその時は思わなかったけど、最終周ではそれが頭にあった。


帰りの空港で車連の方からUCIポイントはいくら金払っても買えないよ。サラリーマンレーサーで取れたのは立派だと誉めていただいた。


リザルト
優勝:ニッポの宮澤崇史。おめでとう!


かくして私の全日本選手権は終了。

            1. +


【自転車】
フレーム: METEOR SPEED 540mm
ホイール: Lightweight Standard G3 F16 R20
タイヤ: Continental Competition 22C
ギア:  53-39 / 12-23
ぺダル: Speedplay ZERO Titanium

            1. +


ゴールが16:30過ぎでフライトが19:30。
かこさんに体拭いてもらい、脚をダウン用オイルで軽くマッサージしてもらってから自走で空港へ。
荷物は車で監督に空港まで送ってもらう。
森林公園からの出口は帰路につく車で渋滞。
レース中もそうだが、日本のロードレースでもこれだけ観客が観に来てくれるんだ、と思いちょっと感激。


空港でパッキングをして、トイレで着替えて、出発前50分間くらいお好み焼き食べる時間ができた。
東京から応援に来てくれた友人と一緒にレース走った練習仲間とお好み焼きとビール。
50分間で生中3杯。うまかったー。



応援・サポートしていただいた皆様に感謝です。